CHAPPE TOWN > Ilja Alexander(イルヤ)のBlog

CHAPPE TOWNが注目しているイチオシアーティスト・イルヤ(Ilja Alexander)が
日本で体験した驚きや、文化の違いに戸惑ったことなどをブログに綴ってくれました!
自身の今後の活動や、音楽への想いなども書いてくれていますので、
更新を楽しみにしててくださいね! ★ブログの更新は毎月5日と15日です★
今日のオランダは暖かく、晴れています。
実はここ数週間雨が降っていません。これ迄で一番乾燥している年になるでしょう。
ヨーロッパの他の地域でも干ばつが酷い様です。今日農家は水まきを禁止されました。
これは農作物の採れ高が落ち込み、高値で供給不足になっていく事を意味しています。
オランダは地面が海面下レベルにあります。
ほとんどの用水路は土から出来ていますがこの水路は湿っている時に役に立つのです。
もし極度に乾燥してしまうと水路の土壌が緩んでしまい、欠壊してしまう危険があるのです。
家にある植木に長い間水をやらないのと同じ事です。
土は乾燥し、そして水をやっても水を含まなくなってしまいます。
代わりに、水は土壌から沸き出して来てしまいます。
別の大きな問題があります。アイスランドの火山の噴火です。
灰で一杯の雲が今日もオランダを横切って行く模様です。
沢山のヨーロッパ便が欠航となりました。
乾期なので河や運河の気化してその結果、魚や、水に住む生物が死んでゆきます。
湾岸沿いの気温の上昇は珊瑚礁の死を招き、酸素のの生成が少なくなるのです。
これらの現象は世界のエコシステムがバランスを崩しているサインなのです。
あらゆる国でこういったサインを見る事が出来ます。
日本の壊滅的な地震や津波は記憶に新しいところです。
私たちが作り上げて行った世界は保持されていないのです。
方法を変えなければ、環境破壊は私たちの住む地球に破滅をもたらしてしまいます。
見境なく私たち全員に降り掛かってくるのです。
地球上の珊瑚礁のうち40%も消滅してしまいました。
1000ヘクタールの毎年熱帯雨林が消えて行きます。
海面は2001年に国際評議会で予見されていたよりも2倍もあがってしまいました。
世界的な飲料水の保持は警告レベルにまで落ち込み、平均気温は上昇し続けています。
一秒ごとに私たち人類は1万2000トンの二酸化炭素を空気中に排出しています。
二酸化炭素の排出の増加は2000年から加速しています。
干ばつや食料不足、水不足は我々の代には集団移住や紛争を引き起こすでしょう。
今の環境危機は我々人類の行動、限りある資源を利用するにあたっての根本的な考え方の変化を求めています。
政府や共同体の変化だけではないのです。
私たちが個人として変化を求められているのです。
今これをやらなければいけないのです!
私たちの世代が行動を起こせなかったらと危惧します。
地球を守るには遅すぎたという事にもなりかねないでしょう。
そこで僕はCUEのサイトを通して地球環境を守るためのアイデアをディスカッションしたいです。
どのようにして安定した世界を構築していけるか、議論しましょう。
小さな事から始められます。再生紙を使うとか、レストランでのオーダーの仕方を変えてみるとか。
家畜に飼料を与える際、米や小麦を与える事を知っていましたか。
途上国の農夫は熱帯雨林を焼き払い、また耕して西側諸国の消費の為の飼料の穀物を育てるのです。悪い事にこの食肉の製造過程では運搬に多量の燃料が使われるのです。
今回は長いブログになりました。その上音楽に関する事ではありません。
でもこのトピックが結構重要でより良い未来を築く為に
私たちは人々の考え方を変えなければならないのです。
僕の朝食はオレンジとキウイ2個ずつ。そしてなるべく肉類を取らない様にしました。
今僕はよりよい環境づくりの為のイルヤ アレキサンダー基金を設立しています。
2週間後にこの基金についてより深くお伝え出来る様に、環境保全の為のコメントを募集しています!
7月に日本に行きます。その時にこの議題について話し合えたらいいな、と考えています。
CD情報
親愛なる皆さんへ
最初このブログを書く時に、本当はこんな書き出しにしたかったです。
「元気にしていますか?」
でも今には相応しくない言葉だと、直に気を取り直しました。
日本は今、先月の地震、津波、原発問題、停電、そして数え切れない余震により、
第二次大戦以降最も辛い困難に直面しているからです。
大きな地震と津波が日本を襲い、最初にそのニュースを見た時、
オランダにいたにも関わらず酷いショックを受けました。
犠牲になった方々の痛みや哀しみを自分の事の様に感じたからです。
この大災害以上の事考えられなくなったのです。
僕は皆さんが助け合い、パニックを起こさなかった事に感銘を受けました。
また、この天災の被災者の為に食料援助がなされたりその他様々な連帯意識に
敬意を払います。日本の皆さんの事に少しでも近くいる事が出来て、誇りに思います。
この悲惨な出来事から僕は気付きました。日本をより気遣う気持と、いつか皆さんの
一員として受け入れられて行きたいという感情を。
僕はよく、日本のマネージャーに日本赤十字社に参加する意向を話しました。
しかし正直、僕の両親も然り、あまり良い考えではないと思われた様です。
僕は募金活動と日本の再建に向けて努力を惜しまないつもりです。
6月8日に僕のCDが日本で発売されます。僕はそのCDの収益の中から10%寄付をする事に決めました。僕にしてみれば些細な行動かもしれませんが、何らかの形で再建のお手伝いをしていきたいのです。
僕はこのブログを"how are you?"から始めたくなかった。
それはその答えをもう知っているからです。
諦めず、いたわり合って下さい。
イルヤ
<イルヤ 6月8日ついに日本でCD発売!>
CD情報
http://1upmusic.jp/ilja_japan.html
親愛なる皆さんへ
日本からアムステルダムに帰って約1週間経ちました。
初め、僕は家に帰りたくない気分に囚われていました。
日本から比べると、ここアムステルダムの日常は時には静かでリラックスする事が出来ます。
でも僕は1週間毎日、1日24時間、やる事で手一杯な環境が好きなんです。
アムステルダムの平日は、5時を過ぎると通りも静かです。
もしあなたが異国への旅の後、家に帰りたくなくなったのならそれは逆カルチャーショックとでもいうべきものでしょうか。

1週間以上経って、ようやくオランダでの暮らしにも慣れてきました。
今朝、僕はアムステルダムの地元の市場行きました。
Noordermarktと呼ばれるところです。

この市場は他の市場と違って、特別です。
ここではとてもオーガニックで健康的な食べ物を扱っているのです。

ここは土曜の朝10時から夕方5時までしか開いていません。
この市場と、その周りの様子の写真を付けておきますね。
今日朝11時頃に市場へ行き、朝食をとりました。
アマゾンの熱帯雨林から来た有機栽培の豆とオランダで取れるZeellandオイスター(牡蠣)椎茸の
フィリングの入ったサンドイッチ、オーガニックチョコケーキと麦のジュース一杯。
日本でトンカツとラーメン三昧だった僕の、とても健康的な食事でした(^_^)


次回お会いする時まで!
イルヤ
イルヤのfacebook
今だけ、さよなら、日本。
素晴らしい時間に感謝しています。本当にこの3週間は楽しかったです。LOVE JAPAN!
すぐに、トンカツ、ラーメン(笑)そして寿司詰めの電車、サッポロビール、東京の地平線が恋しくなります。
それからバンドのリハーサル、日本のアーティストとの素晴らしいライブ、この3週間でとても満足し、ともに活動出来た事を名誉に思っています。
優しいファンの皆さんとの楽しいひと時、そして新しく出来た日本の友人たち。
それから僕のマネージャーのハードなスケジューリング(笑)も懐かしくなるでしょう。(実際オランダでは日本より簡単にいってしまいます。)
珍しく降ったどか雪や日差し。東京を散歩したり、日本語で歌ったり、、、。
僕はこの3週間で逆にとても面白いものを発見しました。
それはヨーロッパでも、東南アジアでも無かった事です。僕の人生における素晴らしい経験は
もうご紹介したと思います。
今回日本で経験した色々な事は写真でfacebookに載せてあります。皆さんにとっては何でもない生活の一部なのかもしれませんが、僕にとってはヨーロッパでは考えられない体験でした。
機会我あれば覗いてみて下さい。きっと面白いものが見つかりますよ。
いつもCUEさんのサイトを覗いてくれて有り難う。
皆さんの前で初披露した「ずっと、一緒に、、、」がこんなドラマチックな日本語のバラードソングになるなんて思いもしませんでした。
アイデアを有り難うございました。
僕はてんてこ舞いの忙しい3週間を過ごしました。でも、これからもこんなてんてこ舞いの日本での生活をして行きたいです。
最後にCUEのスタッフの皆さん、本当にお世話になりました!
これからも宜しくお願い致します。
イルヤのfacebook
www.facebook.com/ilja.alexander

Dear Chappe Town,
最近はどう過ごしていますか?
今日はオランダの由緒ある小さな町について書きたいと思います。
多くの旅行者がオランダの民族衣装を着た人々や、美しい港や景色を見に足を運びます。
この小さな町はフォレンダムといいます。

1948年に僕の祖母がインドネシアからアムステルダムに移住したとき、同時にフォレンダムを訪れ、
民族衣装に身を包んだ人々の写真も撮っていました。
その写真はモノクロで、一緒に僕の祖父と友人も幼い姿で写っています。


カラー写真にある様に、今ではフォレンダムを訪れ、衣装を着る体験が出来ます。
僕は町の中でも写真を撮りました。
この町は1357年くらいにつくられ、もともと海と河を繋ぐ水路の役割を持っていました。
オランダ人は海から人工の地を創り出す事で有名です。実際オランダの地面は海の水位と同じレベルです。
フォレンダムは元々フォーレンダム(Vollendam)という表記で「エル」が二つでした。
オランダ語で"vol"は「一杯」という意味です。動詞にすると「満タンにする」ですね。
"Dam"は「溝」という意味です。なのでフォレンダムは「水路を使って水で一杯にする」という事になります。
フォレンダムはまた、画家や歌手、アーティストの様な人で一杯の町でもあります。
実際多くの有名なアーティストを輩出してきました。
他に観光地として、チーズ市場や農場があります。
僕はチーズが大好きでよく食べていますが、実際健康には
あまりいい訳ではありません。
皆よく、チーズと苺ジャムのサンドイッチを食べます。ジャムの代わりにチョコを入れても美味しいですよ。
チリソースとチーズの組み合わせが好きな人もいます。
祖母はいつもバナナを薄くスライスして、チーズと一緒に出していました。
一緒に食べるのです。これもとても美味しいんです。でも伝統料理かどうかは分かりません(笑)
実はインドネシアの人がこうやって食べるのです。
一度挑戦して、どうだったか僕に教えて下さい!
また次回に!
オランダはアムステルダム出身。
日系の祖父から音楽の才能を受け継ぎ、大学では関西外語大学に留学。
音楽制作とパフォーマンスに没頭する傍ら、経営学も取得し自らの事務所、Ilja Alexander Productionを設立。
縁(ゆかり)のあった東南アジア、地元欧州、2010年末にはアメリカにも進出。
レギュラーラジオ番組も同時期にスタート。
モデルとしても活躍し、アシックスのオニツカタイガーモデルやビルボード ジャカルタのアイコンにも抜擢。
日本のmy spaceにおいては地元ではトップ、日本チャートも20位圏内に入り込む程、Ilja熱は高まっている。
期待される日本デビューは2011年初旬、前後に来日も控え、ますます目が離せないアーティストである。
最後の楽曲の「ずっと、一緒に、、、」ライブバージョンは、2月6日にCHAPPE SQUAREで行なわれた、イルヤ来日イベントの際に、みなさんの前でレコーディングした曲です。
作詞にご協力してくださった方のお名前は、ブックレットに記載させていただきました。
※CD売上の10%は東日本大震災復興支援として寄付されます
ミュージックビデオ【Sweet dreams goodnight】
イルヤ(Ilja Alexander)からCHAPPE TOWNへのメッセージビデオ